デービッド・アトキンソン入門
デービッド・アトキンソン氏。アンダーセン・コンサルティング(アクセンチュア)やソロモン・ブラザースを経てゴールドマンサックスにて活躍し退職。いまや政府の成長戦略会議のメンバーであります。
氏の基本思想を大雑把にいうと、
「大きいことはいいことだ」
といったところでしょうか。
この、基本思想が、
「大企業こそ『国の宝だ』」「(成長しない)中小企業は、負担でしかない」
といった発言につながります。
かなり辛辣な意見にもかかわらず、受け入れられているのは、輝かしい実績に加え「親日家」である所以かもしれません。
著書も多数、ネットメディアや報道番組でも、多くの意見を発出されているアトキンソン氏。ですが、その内容が、ややわかりづらい。氏が、政府の成長戦略会議メンバーとなった今、その考えに、無関心というわけにはいきません。
そこで、氏の出演番組や記事をもとに、どのような考え方をしているのか、推測・整理してみたいと思います。
デービッド・アトキンソン氏の基本思想
氏は、出演したテレビ番組で、ゴールドマンサックス時代の体験を話しています。
「17行もあった主要銀行を、3行に集約・統合し、赤字化を防いだ」
BSフジ LIVE プライムニュース(BSフジ 2020年12月23日)
これが氏の、原体験=成功体験であり、「大きいことはいいことだ」という基本思想の、出発点ではないか、と推測します。
この基本思想を展開すると、
大企業は余裕があるため、生産性が高い
→ 中小企業は余裕が無いため、生産性が低い
→ 中小企業は、日本の企業の「97%」と大半を占めている
→ だから、日本は生産性が低いのだ
「だったら、中小企業を統廃合し大企業化すれば、日本の生産性は高くなるはず」
といった結論になります。
「いやいや。中小企業は、大企業の『買い叩き』のせいで生産性が低いんだよ」
そういった、意見も多いことでしょう。そこで、まず「生産性」について考察してみます。
生産性を高くするには、仕入れ値を下げる
そもそも「生産性」とは何か? 人によって使い方が異なります。「効率」という意味で使う人もいますね。
一般的に、生産性とは、売上から、仕入などの外部購入費用を引いた値です。大雑把にいうと、損益計算書の「売上総利益(=粗利)」(正確には、この値をさらに「従業員数」で割りますが、この節の議論では無関連なので割愛)。
例えば、製品組立のみを行っているメーカーの場合、
生産性=売上高-(部品の)仕入額
となります。
よって、生産性を最大化するためには、売上高を大きくし、仕入額を小さくする。つまり、言葉は悪いですが
「ボッタくり」+「買い叩き」
が、生産性を最大化する、ということがわかります。
これが、下請けを買い叩く動機となります。生産性が高い企業というと、何となく上品な企業をイメージされるかもしれません。しかし、上の式のような「コンプライアンスの低い企業」も少なくありません。
下請けをされている中小企業の経営者や、フリーランスの方々の多くは「買い叩き」された経験をお持ちなのではないでしょうか。筆者も、過去にウェブ制作を請負った際、無償で機能追加を要求されることなどは、日常茶飯事でした。
買い叩いた側の生産性が向上した分、買い叩かれた側は「売上」が減り、生産性が非常に小さくなります。
生産性を高くするには、付加価値を高める
次に、「生産性の式」の前段、「売上高」について考察します。
売上を増やすには「付加価値」を向上させ、単価を上げるか、販売量を増やす必要があります。付加価値を向上させる要因の1つが「イノベーション」です。
アトキンソン氏は
企業の規模が大きいほど余裕ができるので、研究開発が進み、イノベーションが生まれます。
「日本は生産性が低い」最大の原因は中小企業だ (東洋経済オンライン)
と述べています。果たして、大企業だけの力で、「イノベーション」が起こされているのでしょうか。
経営コンサルタントの大前研一氏は、著書で
日本の場合、大企業は傘下の中小企業が新製品の開発やコストダウンについて何か良いアイデアをだしたら、もたらされた利益を折半するというようなインセンティブ制度が珍しくない。だから日本の中小企業は技術レベルが非常に高く、層が厚いのである。
経済を読む力-「2020年代」を生き抜く新常識(小学館新書)
と述べています。
中小企業の「アイデア・技術」や、中小企業の「層の厚さ」が、大企業のイノベーションに一役買っている。ひいては生産性をも向上させている、と言えるのではないでしょうか。
買い叩きはない、という主張
先に、買い叩きについて、述べました。
アトキンソン氏は、出演番組にて「買い叩きの『影響』はない」と述べています。その根拠の1つとして、下請けしている会社が少ないことを、挙げています。
日本企業全体のうち、中小企業が(大企業の)下請け(系列)に入っている比率は「4.9%」に過ぎない
報道1930(BS-TBS 2021年1月25日放送)にて発言
下請けしている会社は全体の4.9%。これは、多くの人の感覚とは異なるのではないでしょうか。同番組に出演していた、大塚耕平氏(国民民主党代表代行)も
「その数値は検証の必要がある」
と述べています。
この数値の、出典は、「中小企業庁:2020年版「中小企業白書」 第2部第3章第2節 中小企業と下請構造 第2-3-10図 受託事業者割合の推移」と思われます。
この資料を見ると、4.9%という比率に疑問が生じてきます。
アトキンソン氏自身が「買い叩きが行われている『可能性』が否定できない(※)」と認める”建設業”が、集計から除かれていること。付加価値額ではなく、事業者「数」の比率であること、などです。この比率を、「買い叩き」の影響有無の判断指標として用いることが適切なのか、精査する必要があるでしょう。
「わかりやすい」説明を
アトキンソン氏の考え方を推測・整理してきました。
中小企業の数が多いことは、「一企業あたりの規模が小さくなってしまう」という欠点がある一方、産業全体にとって「層が厚くなる」という利点もあります。
日本の生産性が低いのは、本当に中小企業だけが原因なのか。それとも業種の構造自体に問題があるのか。今後、どのような経済政策を導入するにせよ、問題や原因、そして施策の導入根拠を「わかりやすく」説明いただきたい、と思います。
[ 参考 ]
※「買い叩きが行われている『可能性』が否定できない」
生産性低迷は「下請けイジメのせい」という誤解(東洋経済オンライン)
※日本は中小企業が多過ぎる
「日本は中小企業が多過ぎる」 D・アトキンソン氏|NIKKEI STYLE