電通の社員個人事業主化は成功するか

電通が来年1月から「社員の個人事業主化」に踏み切ります。

社員の個人事業主化(以下:個人事業主化)とは、会社と社員の雇用関係を終了させ、新たに「業務委託」契約をむすぶものです。

全体の対象者は、勤続20年以上(中途:5年以上)かつ40歳~60歳の「ミドル社員」(電通の定義による)約2,800人。今回、230人が対象となっています。同様の施策を3年前に導入した、計測器大手メーカー「タニタ」の26人を、大きく超える規模です。

この「個人事業主化」。かねてから「脱法手法」と指摘する人が少なくありません。

今回は、今後増加が予想される「社員の個人事業主化」とについて、電通とタニタを軸に考察したいと思います。

電通の「個人事業主化」

電通は、個人事業主化の仕組を「ライフシフトプラットフォーム」と名付け、2年以上の期間をかけ検討・準備してきました。

具体的には、雇用関係を終了し、新設する「ニューホライズンコレクティブ合同会社」(以下 NH社)と業務委託契約をむすぶ。独立した社員に、電通社内の複数部署の仕事を委託する。契約期間は10年とする。社員時代の給与を基にした固定報酬のほか、利益に応じたインセンティブを支払う、というものです。

ライフシフトプラットフォームの概要説明は、

「人生100年時代」
「50歳を過ぎたあたりからスキル&知識が賞味期限切れ」
「しっかり学び直し」
「専門性を身につけ」
「新しく事業を創造」

などの(耳が痛くなる)言葉が目につきます。

これらの言葉から、導入目的は「社員の自立」と推察できます。「学びなおし」や「専門性獲得」、「新事業創造」による社員の自立。NH社はその支援基盤、といった位置づけです。

一見、良い施策に思える「ライフシフトプラットフォーム」。先に「脱法手法」との指摘がある、と述べました。どのような点に問題があるのでしょうか。

個人事業主化の問題点

弁護士の嶋崎量氏は以下のように指摘しています。

このように電通の手法は、「偽装雇用」と称ばれ、労働法規の規制を免れるべく請負などの契約形態が偽装された労働法規の脱法手法である可能性が高いです。(中略)
とりわけ、電通は複数の悲惨な過労自死事件を引き起こしてきた大企業で有り、労働法令の遵守に対して誠実に向き合わねばならない社会的責務を負っています。
電通・社員の個人事業主化は良策?~過労死を引き起こした企業の社会的責務を問う~(嶋崎量) (Yahoo!ニュース)

偽装請負(偽装雇用)とは、実質的に雇用状態(社員と同等の状態)であるにも関わらず、外部事業者に発注している体を装うことを言います。

目的は、自社の指揮監督下におきつつ、
・「社会保険料負担回避」など労働基準法の適用から免れるため
・不況時などに「契約解除」を行いやすくするため
です。

現状、電通の「ライフシフトプラットフォーム」は、詳細が明らかではなく、「偽装請負」かどうか判断するのは時期尚早です。

では、先行して導入しているタニタはどうでしょうか。

タニタの「個人事業主化」

タニタは、社員の個人事業主化制度「日本活性化プロジェクト」を、2017年から導入しています。

具体的には、タニタとの雇用関係を終了させ、従来の業務を「基本業務」として委託する。報酬として、「基本報酬」とそれ以外の追加業務に対する「追加報酬」を支払う。期間3年の契約を毎年更新する、というものです。

まず、「社会保険料負担回避」の要素があるか見てみましょう。

タニタの独立後の「基本報酬」は、

・社員時代の給与・賞与
・社会保険料等
・定年まで社員だったら支給されるはずの退職金

を加算したものです。報酬に「社会保険料」等が含まれていることから、「社会保険料負担回避」目的ではありません。

では、不況時の「契約解除」の点はどうでしょうか。

タニタの契約期間は3年、契約は「毎年」更新されます。そのため、万一契約が解除されても「あと2年猶予がある」ということになります。また、未曾有の危機などで継続契約できない場合、「残期間の委託費を一括で支払う」、としています。いつでも首が切れる、という制度ではなさそうです。

こういった制度設計から、「偽装請負」目的である可能性は低い(※)。むしろ、独立を検討する社員にとって、納得性が高く、不安感を解消する仕組みとして機能しているように思えます。

タニタの成功要因が電通にあるか

その結果、導入から3年経った現在、26名が個人事業主となっており、本社人員の1割強を占めています。

驚くべきことに、タニタの公式Twitterの担当者(以下「中の人」)も、その1人です。

「中の人」はTwitterで、退職し個人事業主となったこと、そのメリットなどを詳細に説明しています。

プロモーションの中核業務を担う社員の個人事業主化。これはタニタの制度がうまくいっている証左、と言えるのではないでしょうか。この「中の人」は、電通の個人事業主化導入発表後、以下のように述べています。

「(中略)この仕組みがタニタで成立しているのは「会社と個人の間でのお互いの信頼」があるからだと思います。そして会社が好きということも」
Twitter 株式会社タニタ(@TANITAofficial 2020年11月12日)

熟考された制度設計と、信頼が醸成される組織風土。これらが、タニタの個人事業主化の成功要因です。電通にそれがあるか。来年明らかになりそうです。

[ 参考 ]

※「法律面」の問題や、「弊害の方が大きい」などの指摘も散見される。
タニタの働き方改革「社員の個人事業主化」を労働弁護士が批判「古典的な脱法手法」(弁護士ドットコム”)
タニタの「社員を個人事業主化」改革が日本で普及した際の”致命的な弊害”とは(ITmedia ビジネスオンライン)